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2017年10月02日

レ・ネグレス・ヴェルト

3回前(9/22)の投稿で、ジェーン・バーキンの1曲にレ・ネグレス・ヴェルト(Les Negresses vertes)が参加しているのを紹介いたしました。
映像学科の学生だった1990年くらいにレ・ネグレス・ヴェルトを知りました。もともとパンクと民族音楽が好きだったので、パンクを核に持ちながらアイリッシュトラッドをプレイする「ポーグス」に、はまっていました。
そんな時、何かの雑誌で”フランス版ポーグス” みたいな見出しの小さな記事を読みました。そして、興味を持ち、すぐに1sアルバムを買いに行きました。
ジプシー音楽、ミュゼット、ポルカなどの音楽を独自にミックスさせた音楽に心を鷲掴みされました。ボーカルのエルノは元々パンクバンドのボーカルをやっていたそうで、そういうルーツも曲から感じました。
そして、何と!エルノともう一人以外のメンバーは音楽経験がほとんど無かったそうです。
2ndアルバムがリリースされて日本にもやってきました。かなり前のことですが、今でもその時の感動が心を揺さぶります。
その後、エルノが死亡しました。フランスでは新聞の1面で記事になったそうです。エルノに死亡後もバンドは継続されましたが、やはりバンドの象徴的存在がいなくなってからは印象が薄くなってしまいました。

レ・ネグレス・ヴェルトと、ほとんど同時にパリから登場した、マノ・ネグラというバンドがいました。こちらもパンク、民族音楽、ヒップホップなどがミックスされていました。同じくパリの レ・ベーエルペー、フィンランドの レニングラード・カウボーイズ、メキシコの カフェ・タクーバ などなど民族音楽とロックを融合したバンドが世界中に現れた時期でした。
当時、アメリカを中心にはミクチャーバンドが多く誕生しました。レッド・ホット・チリペッパーズやフィッシュボーン、リビングカラーなどが人気でした。アメリカ以外ではオランダのアーバン・ダンス・スクワッドなどが同系統ですが、それらとは違ってヨーロッパや南米では民族音楽とロックやパンクを融合したバンドが目立っていた気がします。

ブラフマンの最初の10インチの1曲「晴眼アルウチニ」を聴いた時はびっくりしました。当時は、レ・ネグレス・ヴェルトをやるバンドが日本にいるということを想像もしていなかったので。
日本人はすごく研究熱心で探究心があって行動力があり、アンダーグラウンドでは驚くほどバラエティーにあふれたバンドが多く存在する、類いない国だと思います。


青いジャケは1stアルバム。左の月のジャケは2ndアルバム。下の赤地のロゴは1stの12インチシングルカット。蠅ジャケは色んな人が参加しているリミックスアルバムからの12インチシングルカット。
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段ボールが破けた写真のCDはリミックスアルバム。もう1枚のCDはボーカルのエルノが死んでから出たアルバム。これとジェーン・バーキン以降は聴いていないので今のレ・ネグレス・ヴェルトがどんな感じか知りません。この12インチはエルビス・プレスリーのカバーアルバムです。ポーグスも参加しています。
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ジャパンツアーのポスター。
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takakura




posted by おだむら at 13:14| 日記